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天安門事件、若者は「信じない」 武力弾圧から32年


1989年6月4日、中国軍が民主化運動を武力弾圧した「天安門事件」から、4日で32年。事件をタブー視する中国政府に、米国は長年の「関与政策」を捨てて圧力を強める。運動の元リーダーは、各国が一致して中国に対応すべきだと訴えている。

中国への関与政策
歴代米政権は、米国主導の国際経済体制に中国を巻き込み、政治の民主化を促す「関与政策」をとってきた。一方、トランプ政権は中国を既存の国際秩序を転覆させることを狙う「修正主義勢力」と位置づけ、米国のもつ国力をすべて結集し、中国との競争に勝つ必要があるとして「競争政策」へと転じた。

明確な死者数はわからず
3日、北京の天安門広場は多くの観光客でにぎわっていた。中国共産党結成100年となる7月1日を控え、党史などの関連書籍が次々出版され、メディアは連日のように党の功績をたたえる。だが事件を伝えるものはなく、タブーのままだ。

89年4月、改革派指導者だった胡耀邦の死を追悼する学生らがこの広場に集まり、民主化運動に発展。6月3日夜から4日朝に軍が鎮圧に乗り出し、多くの学生や市民らが犠牲になった。当局は死者を319人と発表したが、実際はより多いとみられている。

中国当局は事件に関わる言動を厳しく統制。事件遺族でつくる「天安門の母」は5月末にサイト上で発表した声明で、謝罪や責任者の責任追及、犠牲者リストの公表を求めた。情報封鎖で多くの若者が事件を「知らないか信じていない」とも訴えたが、声明にも閲覧制限がかかる。声明は122人の連名だが、ほかのメンバー62人が亡くなったという。事件が起きた時間帯に現場周辺で追悼する遺族らの姿も、当局の締め付けもあって近年は見られなくなった。

遺族らの訴えにどう答えるかを問われた中国外務省の汪文斌副報道局長は3日の定例会見で、当時の運動は「政治的騒動」だとする評価に変化がないことを強調。「中国の特色ある社会主義の道を、我々は揺らぐことなく歩き続ける」と語った。

競争の姿勢を貫く米国は、これからどのように中国と向き合うべきなのでしょうか。記事後半では、オバマ政権で中国側との交渉を担った元高官に話を聞いています。

事件後、欧米諸国は中国に制裁を科したものの米国の「関与政策」は続いた。事件に絡んで逮捕されて実刑判決を受けた後、94年に渡米した米ユタ大学の李民騏教授は、中国を米国に次ぐ経済大国に押し上げた中国共産党について、「もはや労働者を代表する政党ではなく、支配階級の利益を代表する政党だ。しかし、政治的な正統性の理由から、毛沢東の継承者だと主張し続けている」と指摘。

「中国で都市化・産業化がさらに進めば、政治的権利や人権がより要求されるようになる。今の政治・経済体制では、これらの問題に対応できないだろう」として、中国社会の今後の変革を期待する。渡米後に学位と博士号を取得し、現在は資本主義に批判的なマルクス派の観点から経済学を教える。

原文出處 朝日新聞

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