東京電力福島第1原発処理水の海洋放出をめぐって、中国政府が日本産の魚介類や加工品を全面禁輸したことでいろいろ明るみに出たことがある。処理水の海洋放出は国際的な基準から安全だと認められ、科学的見地からも政治的にもかなり慎重に実施された。政府の説明が足りないという人がいるが、それは妥当な感想だろうか。
処理水の放出自体には、世論の多数が理解を示している。だが、一部の左翼色の強い新聞やニュース番組では、政府や東電の「説明が不十分」という意見の多さが強調されている。もちろんこの「説明が十分か不十分か」のような選択肢は単純すぎる。この点を指摘したのが、米国の著名経済学者、マイケル・ジェンセン氏の論文「報道の経済学」だ。
ジェンセン氏は、テレビの視聴者によるニュースの消費は、エンタメを楽しむのに似ていると指摘した。複雑な問題を常に感情的な二元論(善か悪か)で分けてしまう。その方がわかりやすく、ヒーロー物の映画のように楽しめるからだ。先ほどの世論調査でも、政府や東電の説明がなぜ十分か不十分かの「理由」を問うことはない。つまり世論調査は「お気持ち」(感情)を測ることはできても、その世論が科学的な根拠で答えているのかどうかは不問である。要するに世論調査の妄信は禁物だ。
もちろん政府の説明努力はさらにすべきだ。特に、中国政府が世論戦を仕掛けているからだ。「お友達」の北朝鮮やロシア、そして韓国の左派政党などはこの世論戦で中国に加勢している。中国の主な狙いは、日本国内の世論の分断にある。その成果かわからないが、左派政党やマスコミの一部は、中国の言い分と極めて似ている。
ただしネットでは分が悪い。X(旧ツイッター)では、中国の在日大使館が「『核汚染水を海に放出する』という誤った決定」などとポスト(投稿)すると、すぐさま「コミュニティノート」が付く。「核汚染水」ではなく、多核種除去装置(ALPS)を使用し、放射性物質を科学的に「安全性が高い」とされる基準値以下まで除去し、さらに除去が難しいトリチウムは希釈されて放出され、それもモニタリングされていると、ネットの住人たちが客観的な訂正を付け加えるわけである。これはまさに科学的な姿勢だ。お気持ちを垂れ流すだけのテレビでは無理だ。
もちろんネット世論は、政府にも厳しい。岸田文雄首相がXで、「ものを食べて応援」とポストしたら、食べるためのお金がない、どうにかしろ、と率直な声が多かった。これも妥当な意見だ。岸田政権は減税など積極的な財政政策を進めるべきだ。
(上武大学教授)
原文出處 產經新聞