瀬戸内海を望む広島県呉市の家。寝室に朝日が差し込んだ午前5時半ごろ、竹本秀雄さん(80)はいつもより早く目が覚めた。
隣には、ベッドで毎日手をつないで寝る妻の万喜江(まきえ)さん(70)。普段と変わらない朝なのに、心はざわついていた。
たんすからお気に入りの薄紫色のポロシャツを出す。洗面所の鏡に向き合い、襟を立ててみた。
「よし、行こう」
ずっと言えなかったあの日の記憶を初めて人前で打ち明ける。
7月10日午前10時。広島県東広島市の生涯学習センターのロビーには、約80人が集まっていた。
その前に座った竹本さんの手元に、1枚の色あせた写真が入った額が立てられた。
頭から左ほおにかけて包帯を巻いた3歳の子が、兄に背負われている。
涙で声を震わせながら、竹本さんは語り始めた。
「この写真の、包帯で覆われとるのは私です」
原文出處 朝日新聞